2010年に独立して以降、美術手帖、CINRA.net、文化系財団等の広報誌などなどでライターや編集として仕事をしてきた。現在は広報の仕事がメインでライター仕事は多くないが、アートのジャーナリストとしてのライティングは、私にとってもっともやりがいのある仕事である。
仕事を通じて常に最新のアート事情に触れる機会を持てるのは魅力だ。展覧会に足を運び、アーティストにインタビューをして、作品のありようを言語化することで、脈々と続くアートの文脈に貢献する実感も持てる。
とはいえ、アート&カルチャー分野のライターはけっして食える仕事ではない。なぜならば原稿料が安いからだ。視覚から感覚的に受容されるアートを、言語に置き換える高度なライティングのスキルに加えて、アートの歴史、批評史、それにデザイン、建築、ファッション、舞台など、隣接分野の一通りの知識を要求される分野であり、専門性の高い仕事であるのに、要求されるスキルに見合う原稿料が用意されることはない。
そのため、実際には美術館学芸員が副業として執筆をしていたり、フリーランスのライターであっても他の安定して給料をもらえる仕事と兼業していたり、同じライティングでも比較的に原稿料が高い広告や広報の仕事と、ジャンルをまたいでバランスを取っている場合が多くある(私もその一人だ)。そのため、日本には専業アートライターは存在しないといっていい(たぶん)。
必要とされる仕事なのに、その仕事だけでは人生が成り立たないのだから、業界の構造自体がどうにも不健全なのだろうが、もっと深刻なのは、こうした状況によって、日本のアート批評が虫の息だという事実だろう。
アートは展示されるだけでは、本来的にはアートになりえない。そのアートを見て心を動かされる人がいて、どう心が動いたのかを言語化して誰かと共有することによって、社会的にアートであると認知されて価値が生まれ高まるものなのである。つまり、アートは存在と批評が対であるべきなのだ。
そうした状況を鑑みて、個人的にはもっとアート批評を民主化して、多くの人が気軽にアート鑑賞の果実を言語化して発信するのが良いと思っている。SNSで展覧会に出かけた思い出をシェアする人がぐんぐん増えるだけでも、シーンは変わる。「楽しかった!」「素敵だった!」だけだっていい。アートと一緒の自撮りを投稿するだけだっていいじゃないか。そんなことを習慣化しているうちに、アート鑑賞について何か書く時に、単なる感想の域を少し超えられたらいいなと思う人が増えたら、しめたものなのである。
ぜひ恐れることなく、のびのびとアートに触れた感動を言語化してほしい。その行為は、内面を耕して人生の豊かさを連れてくることを約束する。
アート鑑賞の体験を言語化したいと思ったとき、ライティングの教科書になる本をいくつか選んでみた。
アートライターの教科書 7選
批評家・椹木野衣さんのエッセイとしての一面もある、美術批評指南書。とても読みやすく柔らかい文体で、美術批評家の感性がどのように批評として届けられているか、その根を知ることができる。批評家という存在をぐっと身近に感じられるようになるはず。
2.『小説教室』
アートについて書くこと、批評をすることは、書き手の側の内面に起きた変化を記述することでもある。という観点で、アートからは少し離れて小説の書き方を参照してみると、気づくことが多い。書くことを、もっと上手くなりたいと思う人におすすめ。
3.『美術を書く』
どんな観点でアートをみて、どう批評を読むのか。硬質な教科書としてなんども読める本。原書は英語なので、英語で書かれたアート批評を読む際にも、かなり役に立つ。
4.『現代アートとは何か』
基礎知識としてアートシーンを知りたい人に。芸術祭や地域でのアートプロジェクトなどについては言及はないものの、アートマーケットやアートの価値はどういうものさしで見るものなのかについて、詳しく知ることができる。
このページにたどり着いた人にとって、もっとも関心がフィットするのがこの本だと想像できる。実際にアートライターとして活躍したい人にも即、役に立つ、実践的なライティング指南書。
ライティングスキルを学べるというよりもむしろ、「アートを記述することには、どんな意義があるのか」を、様々な事例から噛み含めるように理解できる本。
最後は、大好きな本をおまけに紹介。書いてばかりいると頭が煮えて視野が狭くなってくるので、そんなときに、半分はイラストで構成されている本書をぱらぱらとめくると、アートに触れる純粋な喜びに立ち戻れる。
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